埋木舎時代を伝える井伊直弼・駕籠修復事業
埋木舎に展示されていた、井伊直弼公が使用したと言われている「駕籠(かご)」をご存知でしょうか?
長年の歳月のため老朽化が著しく、部材によっては朽ち果てている状況がありました。そこで、私たちLinks(リンクス)は、彦根仏壇の伝統工芸技術を活用して修復できないものかと考えました。
あくまでも、原形を変えずに、自然な形のままでの修復を目指す中で、仏壇技術を活用したいと考えています。
今後、各部を各分野の仏壇職人や竹・表具などの関係者も協力をいただき、屋根・御簾、格子(雪見障子)、外装、下地磨き、竹材取付、日よけ等を修復し、来春のお披露目を目指します。
今回は、駕籠を移動させたときの様子を紹介したいと思います。修復後再び、市民や観光のお客様に観覧していただきます。同時に、地場産業としての仏壇技術への理解を深めていただき、振興を図るねらいもあります。
かご修復の進捗状況について
彦根市内の井上仏壇店さんに、修復するための作業場を提供してもらい、作業を行っています。
まずは、かごの屋根の漆塗りを剥がしました。
板の上に布張りし、その上に漆が塗られています。直接木に塗りをしないのは、屋根の形状に丸みを持たせるため、板だけではつなぎ目に隙間ができ、雨が漏れてしまいます。木の上に布張りをし、その上に漆塗りを施すことで、雨対策をしています。
この考え方は、「布着せ」と言い、現代の彦根仏壇でも使用されている技法です。
さらに、側面の畳表を剥がしました。
かごの本体の木に和紙が貼られ、その上に畳表が竹材を用いて固定されています。竹材の固定を外し、畳表を丁寧にはがしました。
畳表を剥がすと、かご本体と担ぎ棒を堅固に固定している金具を発見しました。
一般にかごは、担ぎ棒が抜けるようになっていますが、このかごは担ぎ棒とかご本体が金具で一体に固定されていました。
担ぎ棒は重量を軽くすためか、担ぐ部分を空洞にしているような細工がありました。
担ぎ棒と本体の固定には、葦で作られた蔓が使われています。蔓を曲げ、輪をつくりかごと担ぎ棒をつなぎとめています。葦の職人さんの話では、今では、葦の蔓を曲げるような技術はなくなっており、復元できそうにないとのことでした。
かご本体の掃除の後、駕籠内部の机と駕籠の底部の台を修復。木製で周辺部が朽ちていましたので、仏壇宮殿師つぼ忠の田中さんに修理をお願いしました(写真は修復前)。
年明けから、屋根の塗り直しと御簾や障子、庇などの修復に取り掛かりますので、作業風景をレポートいたします。
Linksの独り言
今回の駕籠の修復に当たって、インターネットで駕籠修復にかかる情報を入手しようといろいろ検索をいたしました。でも、駕籠全体の画像があるばかり。今回同様、仏壇店に修繕を依頼された記事はありましたが、部分の修復についての詳細はありませんでした。
ひょっとして、これが駕籠や駕籠修復に関するバイブルになるのでは、と期待したりしている今日この頃です。
修復コストが心配です。市民創造事業で助成いただいていますが、傷みが激しく修復費用は予想以上で、現在、1口3000円のご寄付を募っています。
ご寄付のお礼に修復見学も予定しています。詳しくは、担当の柴田(連絡先下記)まで










