流派を立てる
若い頃からさまざまな茶書を研究していた直弼は、埋木舎時代、31歳の頃に自分で茶の湯の流派を立てることを決意します。みずからの流派を学ぶ弟子に向けて著した『入門記』によると、当時武家の間で行われていた華やかな遊興を伴う茶の湯ではなく、精神性を深めるわびの茶の湯に立ち帰り、流祖・片桐石州のめざした茶の湯を探求するために一派を立てようと考えていたことがうかがえます。
茶会をひらく
直弼は、弟子となった家臣たちと茶会を開き、茶の湯の実践を重ねています。これらの茶会は『彦根水屋帳』・『東都水屋帳』などの茶会記に記録されました。
直弼にとって、茶会は青年時代から学んできた茶の湯の実践の場でした。茶会における主客のあり方、作法の美しい形、道具にこめた美意識は、ただ一度の茶会のもてなしに凝縮されていきます。
著作を残す
茶書の研究や茶会の実践、茶道具の制作などをとおして築き上げられてきた直弼の茶の湯観は、著作という形でも伝えられました。
- 主な著作
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『茶湯一会集』 直弼の茶の湯の集大成。茶会での心構えを説く
『炭の書』・『灰の書』 具体的な点前の方法を示す
『閑夜茶話』 茶の湯の歴史を解説する
直弼の茶書を読む 彦根城博物館叢書『史料 井伊直弼の茶の湯』上・下(彦根藩資料調査研究委員会 熊倉功夫編)
『茶湯一会集』の精神
直弼の茶の湯の集大成ともいうべき著書『茶湯一会集』。ここに記された直弼の茶の湯の神髄に触れてみましょう。
一期一会 —直弼の茶を象徴—
たとえ同じ顔ぶれで何回も茶会を開いたとしても、今日ただ今のこの茶会は決して繰り返すことのない茶会だと思えば、それはわが一生に一度の会である。そう思うと互いに粗略に扱うこともない。真剣な気持ちで、何事もなおざりにすることなく一服の茶をいただくことになる。
独座観念 —茶会の終わりに—
主客とも余情残心(よじょうざんしん)の中で別れの挨拶をする。客は露地を帰るその道すがら、どんなに感動が深かったとしても大声でしゃべるものではない。亭主は客が見えなくなるまで見送り、戻って一人炉の前に座る。二度と繰り返すことのできない貴重な一期一会であったと観念しながら、一人茶を点てて自己と向き合うのが一会の極意である。
