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直弼二十二景

第二景 井伊大老歌碑

直弼は、埋木舎時代より文武に励み、いずれもその道を極めていきます。和歌においても秀で、自作の和歌集を編纂したほどでした。

あふみの海 磯うつ波の いく度か 御世にこころを くだきぬるかな

安政7年(1860年)の正月に直弼は正装姿を、お抱え絵師狩野永岳に描かせました。江戸に取り寄せた自画像に、賛して和歌をしたため、井伊家の菩提寺である清凉寺に納めました。碑文は直弼の直筆を写し取ったものです。
「琵琶湖の磯うつ波が、打ちくだけてはひき、また打ちくだけてはひくことを何回も繰り返しているように、大老就任以来難問が何回となく押し寄せてくる。しかし、わたしは国の平和と安心を願って、全身全霊を尽くして心を砕いてきたので悔いは残らない」歌には、直弼のこんな心情が詠まれています。
2ヶ月後の3月3日、直弼は桜田門外で水戸浪士らの凶刃に倒れます。開国に揺れ動いた時代の中で、自身の信念を貫こうとした直弼の、まさに辞世の句とされています。
直弼の姓に藤原とあるのは、井伊家の初代当主共保が藤原氏後裔の氏族の養子で、元は藤原姓を名乗っていたことにちなんでいます。

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