多景島は彦根の西方、約6.5kmのところに位置し、外周600m、湖面からの高さが20mの小島です。
島の象徴は、約10mの高さの岩に「南無妙法蓮華経」の文字が彫られた「題目岩」(だいもくいわ)です。
安政7年(1860年)3月3日の桜田門外の変で直弼が討たれたときには、題目岩が鮮血をにじませたと伝えられています。
直弼の死は人々とって、それほど悲しみに満ちた衝撃的な事件だったのでしょう。
岩の文字を刻んだのは、島内にある日蓮宗の寺院・見塔寺(けんとうじ)を開山した日靖上人です。
長浜市にある妙法寺で修行していた日靖上人は、明暦元年(1655年)に多景島に渡り見塔寺を開いたあと、3年がかりで文字を彫ったといわれています。
彦根藩では3代藩主・直澄が先代の菩提に供養を捧げて以来、彦根城の裏鬼門として祈願供養を続けました。
見塔寺には彦根藩との関わりを示す古文書が数多く残されています。

