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直弼二十二景

第二十景 彦根藩校「弘道館」

現存する金亀会館

彦根藩の藩校「稽古館」は、11代藩主井伊直中が寛政11 年(1799)城下第二郭(現在の彦根西中学校運動場付近)に設立しました。講義を行う講堂をはじめ、諸学を学ぶ学寮、剣術や槍術、弓術、馬術などを習う施設を備えた大規模なものでした。その後12代藩主直亮は、藩校の名称を「弘道館」に改め、洋学を講義に取り入れます。

直弼も「弘道館」で学び、嘉永3年(1850)に13代藩主に就いてから1年後、藩政改革の重要な案件の一つとして藩校の改革に着手します。改革のねらいは、藩主および家老ら重役が率先して学ぶことにより、好学の風儀を自然と行き渡らせ、藩士教育体制を根本から改革することにありました。
直弼は15歳の頃より弘道館で学び、世継となってからは弘道館の儒学教授中川録郎に多大な影響を受けます。直弼は中川が献呈した「蒭蕘之言(すうぎょうのげん)」を藩政改革の指針とし、直弼の開国論は中川が井伊直弼に提出した「籌辺或問(ちゅうへんわくもん)」を基本にしたものでした。

金亀会館内部

現存する金亀会館

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